2009/3/27 金曜日

孤児院を出て行く子どもたちの就業環境を作らねば

filed under: みかみ — mikami @ 17:08:20

1月17日

現地事務所は就職の場

孤児院テムーレルTemuulelを訪問する。施設では何人かの親が子どもを引き取りに来ていて、子どもたちはだんだん少なくなって来ている。ご主人を無くした母親が子どもを施設に預け、再婚を果たすと引き取りにやって来る、という形が多いそうだ。だが、必ずしも幸せになっているとは限らない。場合によっては仕事をせずアルコールの飲み過ぎの果てに暴力を振るう父親もいるのだそうだ。もちろん、学校にもちゃんと行けなくなったりしている。施設にも戻れず、家を出て路上にもどる子もいるのだそうだ。現在、施設の運営費がなかなか立ち行かなくて子どもたちを多く預かることができないそうだ。それでも子どもたちは相変わらず明るく、元気よく歌をたくさん唱って歓迎してくれた。卒園する大きな子どもたちには就業環境を早く作って行かなければと思っている。

Temuulel  Temuulelの子どもたち

2009/3/22 日曜日

4年ぶりダワーDavaa Jalchinに再会

filed under: みかみ — mikami @ 20:54:22

ダワーDavaaと子どもたちも再会

1月16日

昨年12月Davaaから唐突に短いmailが届いた。「私はDavaaです。覚えていますか。私は4年間韓国に行っていました。今、ウランバートルに帰ってきました。あなたは元気ですか。」mailを見て思わず胸が苦しくなった。この4年間、どんなに消えたDavaaを捜し回ったことか。砂塵舞う大陸の町ウランバートルでDavaaを探し歩いた日々を思い返した。4年前、ウランバートル市内のホテルの一室で深夜激しく彼女を叱責したのがDavaaとの最後だった。毎年開催しているチャリティツアーのアテンドを巡ってDavaaがきちんとやれていないことを非難したのだ。彼女はうろたえ反論し泣き出した。後でわかることなのだが、その時と彼女の母親が亡くなった時期とが重なっていた。モンゴル人は特に家族を大切にする。ましてや母親のことなのだ。彼女は母親の亡くなったことを一言も言わず、弁解もせずに私の目の前から消えてしまった。私たち日本人のツアー目的を良く理解し、路上の子どもたちの様子を調べ、いくつかの孤児院を調査し報告してくれていた。その頃モンゴルにそんな人はいなかった。そのDavaaが消えて4年が過ぎた。かつて、何回かのツアーを組み、新たな企画を実行しモンゴルとの親密な時間は経過していったが、その間一度もDavaaのことを忘れたことはなかった。それほど、私のモンゴル活動にとってDavaaは不可欠であり貴重な存在だった。人は人を信頼し人の助力だけが力を持ち、ことを前に進ませる。Davaaとの再会は新しい力を与えてくれるだろう。再会したDavaaを孤児院Temuulelに連れて行き子どもたちとも再会してもらった。子どもたちの笑顔にDavaaの眼に涙が光っていた。

ダワー ダワーと子どもたち

ダワー               ダワーと子どもたち

2009/3/20 金曜日

モンゴルは如何なる発展をして行くのか?

filed under: みかみ — mikami @ 13:04:06

BRIDGE GROUP会長、GOBI社社長に面談

1月15日

昨今、モンゴルでは地下鉱物資源の開発が急進展している。周辺国も欧米も、日本の商社も虎視眈々と狙いを定めている。しかし、モンゴルの主力産業と言えばやはりカシミヤ関連だろう。モンゴルの複合企業体BRIDGE GROUP会長と国内最大のカシミヤ製造会社GOBI社社長に会う。昨年、今年の国内原毛生産の様子、レベルアップを目指す品質とデザイン。カシミヤ製品の製造と国内、世界への販売について話を聞く。さらに、日本の農業関係者との野菜作りプロジェクトのこと、遊牧、家畜飼育を通しての食肉、乳製品生産などについてヒアリング。 自国民の切磋琢磨とともに日本と日本人の協力できること。ここでも「子どもの支援と草原の再生」から「水と食とエネルギー」へ話題は広がる。

gobi  GOBI社カシミヤ工場

次のページ »

HTML convert time: 0.142 sec. Powered by WordPress ME