2007/10/3 水曜日

地下資源開発の名のもとに草原を破壊し金採掘に群がる外国資本と水銀中毒の発症

filed under: みかみ — mikami @ 20:14:51

30日
モンゴルには近年大量の金が地下資源として埋蔵されていることが海外の調査機関によって判明した。金採掘ラッシュが国内各地に猛然とぼっ発する。外国資本をはじめ国内の役人も民間会社も参戦している。それは山を崩し川を掘り起こし草原を剥ぎ取る荒業として進行している。草原を失った遊牧民も廃坑になった石炭労働者も金掘りに群がっている。むしろ夜の街灯に群がる蛾や羽虫のように金鉱周辺に全国から人々が集まって来ているのだ。特に個人作業の家族労働は小さな縦穴を掘り子どもが入ったりするものだから事故が後を絶たない。もちろん金抽出には水銀がよく使われており中毒症状が出て来ているらしいとの情報もある。水俣病を経験する日本人にとって大変危険な予兆を感じる。

ダルハン方面に金採掘現場の取材に行く。中国系の会社の採掘現場は域内立ち入り禁止の看板があり監視車が動き回っている。この現場もその奥の村に続く道路を作る、剥がした草原は元通りにするなどの約束は全て反故にされているらしい。草原が荒らされるだけ荒らされている。更に北のホンゴルソムという村に入る。ここが酷い環境になっていた。郡長のガントラガさんに話を聞くことが出来た。5415人が住んでいる郡のここは中心部で約2,000人の住民がいる。この春から水銀中毒と思われる症例が起こっている。住民の90%に身体に斑点や湿疹、かゆみが出ている。冷や汗をかき下痢の症状が出ている。尿検査の結果60.8%の人から水銀が出た。二つ頭の牛や毛のない子牛が生まれた。小ブタもいつも通り育たない。野菜もこの村のものだと云うと売れない。村の中心部にある貸工場に中国人が3年前から賃貸で入り内容を隠し操業していた。それが水銀を使った金洗浄工場だったのだ。金を抽出するために水銀を使い廃水を下水処理工場に垂れ流していたのだ。そこから動物や畑に被害が出始めた。人間への発症はこの春頃から判明した。現在この村には妊婦が42人もいる。郡民は人体への影響を心配している。水銀中毒は時間を賭けて肉体を蝕み末代まで禍根を引きずり残す。日本で経験した医療研究の力を是非貸して欲しいと嘆願されて来た。


trg.jpg  kousi.JPG
ガントラガ郡長            全身毛のない牛の赤ちゃんが生まれた

dcmt.jpg
ガントラガ郡長からMeet the Smiles宛に水銀中毒の現状と日本の経験を医療支援して欲しいと云う嘆願書を預かって来た。他に宛先のないもの3枚を預かる。

2007/10/2 火曜日

大陸の果て国境の町。北京からエレンホト(中国側国境の町)へ

filed under: みかみ — mikami @ 19:03:25

27日 
歴史を感じさせる北京駅の大きな駅舎に入り出発ホームへ向かう。北京から列車でエレンホトへ行くのだ。ここは13時間。国境の町エレンホトからモンゴルへ送られる中国野菜はどうなっているのか。道路で行く国境越えの視察の後、町の市場へ行く。ここのところ評判の悪い農薬入り中国野菜の現状視察。中国内でも半ば諦めて売り買いされていると云う中国野菜。ましてや小国扱いのモンゴルにはどんなものでも持ち込まれて行くらしい。ウランバートルで中国製のインスタントラーメンを食べた学生が2人死亡した事件が最近あったばかりだ。エレンホトの市場や中国人、内モンゴル人、モンゴル人の流通業者を取材しても、さほどそんな危険が差し迫っている感覚はなくのんびりしたものだった。ましてやその場で農薬を検知できるものでもないだろうから。中国・モンゴル国境の町の喧しい風景を見物するだけだった。それにしても国境の町は異様なざわめきがあり何故かわくわくする。

chainaman2.jpg  yasai.JPG
中華まん売り                   路地裏野菜市場

fruits.jpg
のんびり果物売り

モンゴル側国境の町ザミン・ウードからウランバートルへ
28日
友人の内モンゴル人に国際列車の関係者がいてエレンホトからウランバートルまでの国際列車のチケットをゲットすることに成功。列車で中国〜モンゴルの国境を越えるのだ。ここもまた13時間。列車の中でパスポート、チケットなどをチェックされる。車掌は居丈高な中国人女性。友人が内モンゴル人だとわかるとえげつない態度をとる。座席にチェックしたパスポートを投げ捨てて行ってしまおうとする。悶着しながらモンゴル側の国境の町ザミン・ウードに着く。なんと駅務作業の間違いで午後11時の乗車券を販売したため6時間遅れでウランバートルに向けて出発するのだと知らされる。まだ夕方の5時だ。これも大陸の果ての国境の町のことと諦める。しかたなく駅前を散策し食堂に入る。夜も更けるに従ってホームには巨大な荷物をかかえた国境越えの旅客が山のように増えて行く。列車は国内線が連結され35両編成になり夜中に動きだす。最後部のコンパートメントの車窓から風景を見ていると、車列があまりに長いためカーブをま曲がっていると向こうから別の列車が来るように見えてしまう。自分の列車の最前部が見えていたのだ。大陸は大きい。

rikurokokkyou1.jpg
陸路の国境

syasou3.jpg
車窓から見える内モンゴルの地平線

翌29日11時過ぎにウランバートル到着。ゆるゆるとした大陸列車の長距離行はかかった時間の割には気持ちが良かった。しかし、長旅は身体の節々を疲弊させた。

2007/10/1 月曜日

中国からモンゴルへ国境越え。この旅はどんな旅になるのだろう。

filed under: みかみ — mikami @ 22:19:21

25日
成田発韓国仁川空港経由夕刻北京着。バスで北京駅近くへ行きホテルに入る。近所で晩飯。
 
モンゴル族など遊牧騎馬民族の北からの侵入に恐怖した漢民族の防御壁長城

26日 
朝から北京は冷たい雨である。北京動物園のパンダを見に行く。この近くにはイトーヨーカドーがあり国内長距離バスターミナルがあり急速に開発都市化されている所だ。パンダの国のパンダを3頭見つけた。笹の葉を食って遊び寝ていた。民族服を着たモンゴル人中高年旅行者らがパンダ見学に来ていた。モンゴル人も日本人も北京のパンダ見物に行く。

 

beijinzoo-s.jpg  panda3.jpg

北京動物園                  大熊猫

雨に煙る長城は圧巻だった。秦の始皇帝の時代に作り始められたとされる万里の長城は北方騎馬民族の侵入に対し明の時代に増強築城され6352kmもの長さになっている。「八達嶺長城」が万里の長城入り口の観光地として最も賑わっている。全国から集まって来るのだ。雨なのに凄い人だ。バスで行く高速道路から見える風景は峻嶺な山々であり、谷間は狭くここを何千と云う騎馬軍団が侵入して来てもすぐに撃退できただろうと思われる。しかし、その谷間から山の尾根に沿って長城は延々と建てられていた。あんな山を越えて騎馬民族は侵入して来たのだろうか。北からの侵入者に対する延命を賭けた漢族の恐怖が感じ取られた。モンゴルの騎馬民族は勇猛果敢、また情け容赦なかったのだろう。そしてこの長城はそれ自体がかつてない歴史上の難工事だったのだろうと推測される。ユーラシア大陸の覇権を賭けた移動型遊牧騎馬民族と定着型農耕民族の熾烈を極めた永遠のせめぎ合いが続いたのであろう。

banri1.jpg  banri2.jpg

八達嶺入り口からすぐの長城     雨なのに大勢の観光客

« 前のページ

HTML convert time: 0.150 sec. Powered by WordPress ME