2007/10/8 月曜日

子供たちを取りまく環境が再編期に入っている。子どもたちはどうなるのだろう。

filed under: みかみ — mikami @ 19:41:35

9月2日

日本最大のNGOのモンゴルからの撤退が今年になって伝えられた。モンゴル政府の支援策により子どもたちを取りまく環境の整備が進められている。子ども権利センターの全国子ども施設の調査が進められ教育、財務のチェックがなされ報告書がアップした。一定の条件に満たない施設が大半で改善がなされなければ閉鎖指示を出すしかないという。現在や今後も出て来るであろう捨てられた子どもたちはどうなるのだろう。華やかな経済成長の影の部分として甘受して良いものか。
オユンナ基金も組織の再編成があった。オユンナが日本から帰国し名実とも代表業務に携わることになった。Temmulel(オユンナ基金の運営する孤児院)はどこへ行くのか。この施設に通って6年になる。新しく入って来る子。親が見つかり家族の元に帰って行く子。そしてある年齢になり卒園して行く子。みんな社会に適応しちゃんと生き抜いて行けるのだろうか。6月に草原の旅に連れて行ったソッダーは母親が見つかり弟を連れて退園して行った。嬉しい話なのだが施設は淋しくなる。奨学生のエンフチメグとボロルマーの他に2人の大学生がいる。彼女たちはやがて施設を出なければならなくなる。アルバイトをしながら4人で共同生活をする話も出ている。学費捻出の一番厳しいエンフチメグを第2回奨学生に決定。彼女はオットゴンテンゲル大学の日本語学科でトップの成績を修めている。
scholarship.jpg scholarshipr.jpg
第2回奨学金の授与(エンフチメグ)と奨学金領収書

3年目になるビニールハウスはイギリス人訪問者の協力で厚い丈夫なビニールに張り替えられ頑強になっていた。もちろん、今年もきゅうりは立派に育ち試食したが非常に美味しかった。子どもたちがしっかり面倒を見ていてくれることが嬉しい。ビタミンを摂取する、水やりなど毎日野菜をていねいに育てようという行為は定着型農耕民族化への道になるのだろうか。その正否は?

plastic-house.jpg  cucumber.jpg
ハウスのアルタンとウンドラー     美味しそうに育ったきゅうり

仕事でお世話になっている株式会社イマージュから支援物資として子どもたちに撮影サンプルの靴などを頂いた。少しお姉さんっぽいものが多かったがセレクトしTimmulelとLotusに寄贈した。年頃の少女たちは日本の若い女性のトレンディな靴に大喜び、眼の色を変えて自分の好みのものを物色していた。この風景を見て将来、服飾雑貨の販売などを目指したショップを開けるようになると良いと思った。情報発信、コミュニテイ空間、日本語教室を実施できるようなオーガニック軽食食堂を兼ねたものになればもっと良い。Heart of Mongolia子ども基金のショップだ。彼女たちの就業環境を整えることにもなるだろう。
image.jpg  thanks-image.jpg
靴を履いてポーズを取る少女達    IMAGEへのお礼状

この日、新しい施設の取材に行くことができた。ソンギノハイルハン地区のゲル集落にあるエルデムセンター(プルスルン代表)。日本や韓国の人たちの援助で運営しているらしい。パグンジャフ先生に会い話を聴くことが出来た。建物は40年くらい前のものを使用している。初期は私たちが交流しているオユンナ基金が使用していたのだそうだ。この施設には10代の子どもたち20数名がいる。兄弟で捨てられた子どもたちも多く収容されている。病気がちな子。成長の遅い子。精神的に不安定な子。さまざまな問題をかかえているという。モンゴルの子どもの施設には宗教や財政問題など不透明なことが多いといわれている。良く下調べをして交流すべき相手かどうか判断したい。
eldemcenter.jpg
エルデムセンター

2007/10/5 金曜日

ストリートチルドレンとマンホールチルドレン。彼らはどこから来てどこへ行くのか。

filed under: みかみ — mikami @ 20:12:31

070901〜070908 第10回ツアーReport

9月1日

モンゴルの誇るスフーバートル広場の国会議事堂中央に最近堂々としたチンギスハーンの像が建てられた。待ち合わせや観光で地方から出て来た人でいつも賑わっている。草原の国のコンクリートで打ち固められた都市と広場。首都ウランバートルの権威の象徴となっている。
kokkaigijido2.jpg  chingis.jpg 
スフーバートル広場と国会議事堂           チンギスハーン像

晴天の広場で12才のザヤに会った。両親はいなく兄姉とゲル集落に住んでいる。だがいつも喧嘩をして暴力を振るわれ追い出されるという。だからほとんどの場合ザヤは街のあちこちの建物の裏に寝泊まりしている。学校は小学校2年までしか行っていない。「勉強はしたい」と恥ずかしそうに云った。ザヤは小麦粉の袋状のものに空きペットボトルを集めていた。これをお金に替えて日ごとの食料や水を買っている。毎日どんな思いで生きているのだろう。彼女の人生はこれからどんなことになって行くのだろう。
zaya1.jpg  zayahukuro.jpg
ザヤ12歳                  ペットボトルを集める袋

今年大相撲を引退した旭鷲山の基金事務所付近のマンホールへ取材に行く。以前は鋪装もされていない土埃のする歩道にそのマンホールはぽっかり丸い穴を開けていた。今回見るそこは立派な塀に囲まれたきれいに整備された駐車場になっていた。チョイジンラマ寺院の裏手にあたる。こんな警備の厳しそうな場所でマンホールを住居に生活できるのだろうか。
choijinrama.jpg  manhole.jpg
チョイジンラマ寺院裏手     マンホールの穴

もう彼らはいないのだろうか。どこへ行ってしまったのだろうかと辺りを見回すと、道路を隔てた金網の向うのゴミ捨て場に数人がたむろしている。「ここのマンホールに住んでいる人たちなのか?」と尋ねると「そうだ、なにかようか」と返って来る。彼らがこのマンホールの住人なのだ。何度も調査に来た所だが住人に会うのは初めてだ。さて、どんな人たちなのだろう。一番元気の良さそうな男子が近づいて来た。ニャムダワー18才。彼は田舎から出て来て3年前からこのマンホールに住んでいる。ウランバートルに来たばかりの寒い冬の夜、誕生日にお酒を呑んで酔っぱらい窪みに堕ちてみんなに置き去りにされた。朝まで外に投げ出されていたので左足の指が凍傷にかかっていた。病院で脚の指を5本切断した。それを語る彼の表情は生真面目で暗い。ちゃんとした所に勤めたいが、IDカードがないのでまともな仕事にはつけない。空き缶やペットボトルを集めてお金にしている。一日20〜30円くらい稼げる。煮炊きは近所のゴミ捨て場だ。将来の希望は何もない。どうしたらいいのか分らない。現在、姉と5人の仲間と一緒に行動している。
nyamdavaa.jpg  nyamudavaafrends.jpg
ニャムダワー18歳       ニャムダワーの5人の仲間 inhole.jpg  nyamudavaakitchin2.jpg
マンホールを覗く             近所のゴミ捨て場が彼らの台所
草原での生活、金鉱での生活、路上での生活、マンホールでの生活、そして日本での生活。何が違い、何が同じなのだろうか。地球温暖化は多くは先進諸国の利便性と快適さの追求の結果だ。そしてその一環である私たち日本の歴史的経緯での責任。それによる草原の疲弊と遊牧業の衰退。草原を離れた牧民の家族たちが都市に流れ着き仕事がなく崩壊して行く。路上に捨てられて行く子供たち。名も知らぬ不特定多数の子供たちと地名も定かではない大草原が胸苦しく迫って来る。自分は何ものなのか。何をし、何をしたい存在なのか。何ができるのか。いつもそこに立ち戻る。あの屈託のない子どもたちとあの壮大な草原。そこにある現実はいつもまぎれもなく自分の問題なのだ。
martin.jpg
大草原を移動する遊牧民
 

2007/10/4 木曜日

アドーンチョドーンの「ニンジャ」

filed under: みかみ — mikami @ 22:26:26

31日
ウランバートル近郊のアドーンチョドーンという石炭抗近くの金採掘現場へ行く。「ニンジャ」と云われる個人の金採掘業者家族が群がっている所だ。「ニンジャ」とはアニメの「ニンジャタートル」のことである。覆面、サングラス、マスク着用。そして背中には金の入り混じった土砂を漉く丸いザル状のものかタライ状の道具を背負っている。その姿が「ニンジャタートル」に似ているのでそう呼ばれるようになったのだ。見渡す限り小さな金掘りの穴が延々と続いている。老人や子どももこの穴に入って金掘りをしていたのだ。昨日30日役人と警察がやって来て数千人もいた個人の金採掘業者を一斉退去させた。今日は無人の荒れ果てた草原が広がっているだけだ。再生不能な無惨な穴が草原の緑を剥がし延々と続いている。この周辺で煮炊きをしゲルを張りながら金掘りの生活をしていた遊牧業を追われた多くの家族たち。中には水銀を金抽出用に使っていた人々もいたことだろう。今日はどこで何をしているのだろう。水銀汚染はしていないのだろうか。gold.jpg   gold2.jpg
手堀の金鉱穴が延々と続く

次のページ »

HTML convert time: 0.357 sec. Powered by WordPress ME