2007/10/5 金曜日

ストリートチルドレンとマンホールチルドレン。彼らはどこから来てどこへ行くのか。

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070901〜070908 第10回ツアーReport

9月1日

モンゴルの誇るスフーバートル広場の国会議事堂中央に最近堂々としたチンギスハーンの像が建てられた。待ち合わせや観光で地方から出て来た人でいつも賑わっている。草原の国のコンクリートで打ち固められた都市と広場。首都ウランバートルの権威の象徴となっている。
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スフーバートル広場と国会議事堂           チンギスハーン像

晴天の広場で12才のザヤに会った。両親はいなく兄姉とゲル集落に住んでいる。だがいつも喧嘩をして暴力を振るわれ追い出されるという。だからほとんどの場合ザヤは街のあちこちの建物の裏に寝泊まりしている。学校は小学校2年までしか行っていない。「勉強はしたい」と恥ずかしそうに云った。ザヤは小麦粉の袋状のものに空きペットボトルを集めていた。これをお金に替えて日ごとの食料や水を買っている。毎日どんな思いで生きているのだろう。彼女の人生はこれからどんなことになって行くのだろう。
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ザヤ12歳                  ペットボトルを集める袋

今年大相撲を引退した旭鷲山の基金事務所付近のマンホールへ取材に行く。以前は鋪装もされていない土埃のする歩道にそのマンホールはぽっかり丸い穴を開けていた。今回見るそこは立派な塀に囲まれたきれいに整備された駐車場になっていた。チョイジンラマ寺院の裏手にあたる。こんな警備の厳しそうな場所でマンホールを住居に生活できるのだろうか。
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チョイジンラマ寺院裏手     マンホールの穴

もう彼らはいないのだろうか。どこへ行ってしまったのだろうかと辺りを見回すと、道路を隔てた金網の向うのゴミ捨て場に数人がたむろしている。「ここのマンホールに住んでいる人たちなのか?」と尋ねると「そうだ、なにかようか」と返って来る。彼らがこのマンホールの住人なのだ。何度も調査に来た所だが住人に会うのは初めてだ。さて、どんな人たちなのだろう。一番元気の良さそうな男子が近づいて来た。ニャムダワー18才。彼は田舎から出て来て3年前からこのマンホールに住んでいる。ウランバートルに来たばかりの寒い冬の夜、誕生日にお酒を呑んで酔っぱらい窪みに堕ちてみんなに置き去りにされた。朝まで外に投げ出されていたので左足の指が凍傷にかかっていた。病院で脚の指を5本切断した。それを語る彼の表情は生真面目で暗い。ちゃんとした所に勤めたいが、IDカードがないのでまともな仕事にはつけない。空き缶やペットボトルを集めてお金にしている。一日20〜30円くらい稼げる。煮炊きは近所のゴミ捨て場だ。将来の希望は何もない。どうしたらいいのか分らない。現在、姉と5人の仲間と一緒に行動している。

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ニャムダワー18歳       ニャムダワーの5人の仲間

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マンホールを覗く             近所のゴミ捨て場が彼らの台所

草原での生活、金鉱での生活、路上での生活、マンホールでの生活、そして日本での生活。何が違い、何が同じなのだろうか。地球温暖化は多くは先進諸国の利便性と快適さの追求の結果だ。そしてその一環である私たち日本の歴史的経緯での責任。それによる草原の疲弊と遊牧業の衰退。草原を離れた牧民の家族たちが都市に流れ着き仕事がなく崩壊して行く。路上に捨てられて行く子供たち。名も知らぬ不特定多数の子供たちと地名も定かではない大草原が胸苦しく迫って来る。自分は何ものなのか。何をし、何をしたい存在なのか。何ができるのか。いつもそこに立ち戻る。あの屈託のない子どもたちとあの壮大な草原。そこにある現実はいつもまぎれもなく自分の問題なのだ。
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大草原を移動する遊牧民
 

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